13.写真に残る城郭、武家屋敷など(※市町村名は2024年6月現在)
城郭および武家屋敷塔については実際に訪れた所が殆どですが、たまたま通り道から見えた城郭を遠望したものなども含めてあります。
近年は城郭の復元が盛んで再訪すると大きく変化しているのが殆どですが、現存する資料に基づいた復元による変化ならば良いが、観光のための建設による変化ならば………。
なお、城郭の標記は「城跡」、「城址」でも「城」としてあります。
[16] 北陸三県 富山県(富山市)、石川県(金沢市)、福井県(坂井市、大野市)
《 富 山 城 》
※私達は、富山県では高岡城にも訪れてます。写真は有りませんが、城内には彫刻が
たくさん展示してありました。
◎石川県 金沢市
《 金 沢 城 》
金沢城は私達が住む隣県にあり、私達から見れば「何時でも見られる」という考えと「見慣れている」事もあり写真は写していませんが、彼は友人が来た時には必ず案内します。
ちなみに公開する写真は、今年の2月にニュージーランドから16年年振りに来た友人を案内した際に写したもので、人間を外したため非常にイビツな写真になっているそうです。
なお、彼は「私と一緒に金沢城を写さなかったこと」を後悔しているそうです。
福井県は私達が住む県。
私達は住んでいるだけに、何時でも行けるのと見慣れているため写真は写していませんが、丸岡城は友人が来た際には必ず案内します。
ここで公開する写真も金沢城と同様、今年の2月にニュージーランドから16年振りに来た友人を案内した2008年と2024年に写したもので、人間を外したため全体を紹介できないのが残念だそうです。
〇坂井市
《 丸 岡 城 》
そして、彼は「姫路城や松本城の天守閣よりも素晴らしく、価値がある」と思っていますが、これについては『贔屓目にも程があるのでは』と私は思っています。
私達は、風雪に耐えた質実剛健な外観および内観は言うまでもなく、福井県の笏谷石を使用した青い石瓦、吊り下げられたロープにつかまって登る急な階段など、現代の観光に迎合すること無く昔のままの姿を保つこの城を一度は見て欲しいと思っています。
彼は丸岡城を友人が来た際には必ず案内しているほか、盛岡から帰った時「丸岡城と一緒に写真を撮っておけばよかった」と話していました。
ちなみに「一緒」とは私の事です。
〇大野市
《 大 野 城 》
この城は、近年「天空の城」として知名度が上がりつつります。
そして、彼はこの城から見る碁盤の目の状態の町割りになっている大野の街が大好きです。
※このほか、私達が目にした城郭として福井市には戦国大名の朝倉氏が君臨した一乗谷
城があり、彼は中学生の時に友人と何回か訪れており、この地を発掘している現場を
見ているそうです。
この時の思い出として、「唐門の扉は閉められており、土塁の前に濠は無く道路が走
っていて、中ではベルトコンベアがたくさん動いていたほか、左手に発掘した資料を
保管する建物があった。また、現在の正面から見て左側から土塁に登って上を歩き、
唐門で一旦下に降りて、また土塁の上を歩いて諏訪館庭園まで行った」と私に話して
くれました。
一乗谷城以外では、制外の家とされ君臨した福井藩の福井城のほか、戦国時代に柴田
勝家が築城した北ノ庄城は勝家とお市の終焉の地であると共に、工事中に訪れたイエ
ズス会宣教師ルイス・フロイスの記録に「甚だ大きな城で、屋根瓦は石で葺いてあ
る」とあり、北ノ庄に攻め込んだ羽柴秀吉は「天守を九重に上げていた」と記してい
ます。
※福井県では小浜市の小浜城も私達は訪れていますが、この城も写真は有りません。