12.写真に残る港湾、船舶など(※市町村名は2024年1月現在)
港湾については利用した所が殆どですが、たまたま通り道にあった港湾も含めてあります。
なお、船舶は実際に利用したものです。
[24] 鹿児島県⑥ 南大隅町
《 根占港 》
この港は2回利用しており、1回目は「日本列島中央部縦断」の時、2回目はこの時に断念せざるを得なかった佐多岬の手前約2kmの地点から岬までを走行して完結した40年後で、いずれも山川港に向かった。
彼の記録には次のようにある。
1974年8月19日
佐多に戻って山川に渡る予定だったが、着いてみると最終便は出た後だったので、明日の出発時間が早い根占まで戻る事にした。
根占の町はちょうどお祭りらしく、人の往来が激しく、花火が何発も打ち上げられていた。
その花火を見ているうちに、何だか俺を祝福してくれている錯覚に陥った。
そして、やっと「日本本土中央部縦断」が終わった。やり遂げたという満足感と同時に、もう終わってしまったのかという”むなしさ”が交錯して、なんとも複雑な気持ちになっていった。
あとは福井に帰るだけである…久しぶりに…。
1974年8月20日
朝の第一便で根占を出た。
前方に開聞岳と指宿の温泉街をみながら山川に着く。
2014年2月10日
根占は、40年前にも山川に渡るフェリーの出港時間が早いという理由で泊まった地で、あの時は港で野宿。
この日は雨の中、南国といえども吐く息は白く、かいた汗で全身が濡れているため逆に冷えて、寒さに強いと思っている私でもさすがに厳しかった。
佐多岬に愛車と共に立ったが、根占に着く直前まで雨が降り続き、本当に寒い一日だった。
2014年2月11日
午前9時に「フェリーなんきゅう」にて根占港を後にし、開聞岳を正面に見ながら波静かな錦江湾を横切り、10時前に山川に到着。