12.写真に残る港湾、船舶など(※市町村名は2024年1月現在)
港湾については利用した所が殆どですが、たまたま通り道にあった港湾も含めてあります。
また、船舶は実際に利用したものです。
なお、この文章については、はてなブログの別ブログ「ニュージーランド縦断サイクリング1975.12-’76.1」から抜粋して編集したものとなっているほか、その後に訪れた際の写真も加えています。
《 オークランド港 》
1975年12月6日。
今、ユースホステルに居るが、今日は道を間違えた上に迷ったため50km余り走ったが、本来ならハーバーブリッジ(Harbor Bridge)を通っても 22~23kmの距離。
原因は、標識の指示通り進んでいたと思う1号線が知らぬ間にモーターウェイになっていた事から始まり、そこを走っていたところ警察官に注意され「『ハーバーブリッジは自転車の通行は出来ない』と知らされると同時に、親切にも向こう岸までの地図を書いてくれた」のだが……。
どこでどう間違ったのか、ハーバーブリッジの真下に着いてしまった。
一瞬 我が目を疑ったが どうにもならず、何とかなるだろうと思いパンとジャム、缶詰を食べながら、燦々と降り注ぐ太陽の下、ワイテマタ湾に浮かぶ無数のヨットとモーターボート、向こう岸にはオークランドのビル街と、絵に描いたような風景に見とれていると、後ろで誰か俺を呼ぶ様な気がする。
振り向くと40歳位の人が話し掛けて来た。
話し掛けてきた方はバーローさんといい、話している内に「家に来てみないか」と言われ、ためらわずに付いて行き家族に紹介される。
5時間もの時間がアッという間に過ぎてしまい、バーローさんにノースコーテ(Northcote)の市街図を見せてもらって要所を写し、奥さんのキャスリーンからサンドイッチ、クッキー、ゆで卵などを渡され、バーローさん一家に見送られて出発。
しかし、再び間違ったらしく、フェリー乗り場に続くのとは違う通りを走っていて全く見当もつかない状態に陥り、近くに居た人に声を掛ける。
すると、その人は「レインガ岬であなたを見た」と言って家に入り、奥さんを連れ地図を持って来て「二人で この辺で見た」と説明してくれる。
フェリー乗り場までの道を聞くと「この細い道を下って右に曲がればすぐだ」と言われ、庭へ案内されて「あの黒っぽい細長い建物ですよ」と教えられる。
フェリー乗り場に着いたのは午後4時。
これから20分の距離にあるオークランド市街に向かうのだが……。
このフェリー、日本のカーフェリーを予想していたのだが見事にくつがえされ、渡し船みたいな感じで、屋根から乗船し、自転車は屋根の上に倒して湾を渡るという初めての経験をした。
下船後、フェリー料金70¢、自転車料金40¢の計1$10¢を払って市街に入るが、「やっと着いた」という感じだ。
なお、この時は写真を写していないため再訪時以降の写真を公開いたします。
※彼は、バーローさんの家族とは今も付き合いがあります。