「行った、銀輪走(走った)、見た、知った」……そして残った

サイクリングで駆け巡った彼との45年間

.写真に残る空港および航空機

空港については乗り継ぎした空港も含めており、利用した航空機については偶然目にした機も含まれています。

なお、空港については彼の旅行の発着地になる事から、利用した回数から見ると殆ど写真はありません。

ここで紹介するものは、彼が1975年11月28日に日本を出発し、1976年1月11日にかけて旅行した「ニュージーランド縦断サイクリング」の帰路に寄った空港です。

なお、文章は旅行時に書いていた日記から抜粋しています。

[] オーストラリア、シンガポール

◎オーストラリア

シドニー国際空港

1976年1月10日

12:30分オーストラリア・シドニーにてボーディング。

シドニーにて1時間 のトランジット間にウィスキー 1本 AS8$・US約10$ これは部屋の土産とコアラベア×2、ブーメラン×1買う。3つでUS27$75¢なり。

※ウィスキーは部活関係の土産として購入。

 当時は現在と違い洋酒は超高級品で学生に手が届くものではなく、免税店での価格を見て余りにも安い

 のに驚く。

 ちなみに、洋酒については当時ジョニーウォーカー黒ラベル」や「シーバスリーガル」が1万円だ

 った。

 部活関係の土産についても、昨今の社会情勢を思うと隔世の感がある。

   1976.01.10 シンガポール行のNew Zealand航空701便[DC10]の機内から見るシドニー国際空港                   

   1976.01.10 シンガポール行のNew Zealand航空701便[DC10]の機内から見るシドニー国際空港               

1976.01.10 シドニー国際空港の通過客(transit)ロビー

シンガポール

※彼は1月10日にオークランドを出発しシドニー経由でシンガポールに向かい、一泊し

 て帰国している。

シンガポール国際空港 (Paya Lebar[パヤ・レバー]Singapore国際空港)

1975年1月11日

昨夜PM10:30ごろ日航からTELあって[※迎えのタクシーの事]、7:10分にベルボーイを呼んでFirst Floorに下りる。

シンガポールはやはり冬だけあって朝が遅く、明るくなったのは6:30過ぎである。

日航から回されたタクシーに乗り、先ずはairportへ。

入国は税関など無かったが、出国の時はバッグ(機内持込荷物は省く)を調べられる。日本を出て以来である。

Duty-free shopでブランデー:クールボアジェVSOP 2本、カミュVSOP 1本をS18$=US8$で買う。嘘みたいに安い。N.Z.、オーストラリアよりはるかに安い(良かった)。

シンガポールを9:15分に出発し、タイに 11:50分着。気温は21℃。

※ブランデーは部活関係の土産として購入。

 当時は現在と違い洋酒は超高級品で学生に手が届くものではなく、免税店での価格を見て余りにも安い

 のに驚く。

 ちなみに、当時ブランデーについては「VSOP」クラスは1万円だった。

 部活関係の土産についても、昨今の社会情勢を思うと隔世の感がある。

1976.01.11 羽田行きの日本航空718便から見る           
パヤ・レバー(Paya Lebar)シンガポール国際空港

1976.01.11 羽田行きの日本航空718便から見る
           パヤ・レバー(Paya Lebar)シンガポール国際空港

1976.01.11 羽田行きの日本航空718便から見る
           パヤ・レバー(Paya Lebar)シンガポール国際空港

1976.01.11 羽田行きの日本航空718便から見る
           パヤ・レバー(Paya Lebar)シンガポール国際空港

1976.01.11 パヤ・レバー(Paya Lebar)シンガポール国際空港のロビー

1976.01.11 パヤ・レバー(Paya Lebar)シンガポール国際空港の搭乗口待合室

1976.01.11 パヤ・レバー(Paya Lebar)シンガポール国際空港の搭乗口待合室